麦ちゃんブログ

私が大切にしていることや気づきを記事にしています。

※ネタバレ注意 「天気の子」を観て感じたこと、学んだこと。

「天気の子」観てきました。

観てきた人向けなので、あらすじなどは書かず、浮かんできた感想を淡々と書いていきますね。

 

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鑑賞中、「2人の愛が真っ直ぐで素晴らしい!」と思う反面、ところどころに「これはアウトじゃないか」というツッコミが何度も浮かんできて、心の中での葛藤が激しかったです。

 

 

この映画を通して一番学んだことは、傍観者に、叩く人になるのは簡単ということ。

周りの人が主人公達に、苦言や止めようとするシーンが何度もある。

私も一緒に「線路の上走っちゃダメじゃん」「よく1人の為にあれほど尽くせるよな」「若いなぁ」などの傍観者としての声が観ながら沢山浮かんできました。

けれども主人公達は脇目も振らず一心不乱に進み続けるのです。

もちろん法を犯してはいけませんが、その姿を見ていると「自分はそれほど夢中になれるような人がいるのだろうか」という考えも浮かんできて、嫉妬、卑下している自分に気づきました。

批判する人をゼロにすることはできないけれど、その姿に感銘を受ける人は少しずつ増えていく。

傍観者になるか、自分の声に従って突き進む人生にするのかは自分次第なのです。

 

 

帆高が小学生の男の子を恋愛の師匠として弟子となるシーンがある。

すごいよね。素直に年下を師匠として崇めることって相当な覚悟、素直さがないとできないと思う。

ましてや小学生。「年下なんて」と一蹴するのは簡単だけれども「この人から学ぶ」と決めれば、年上のみを師匠とする人より憧れの対象が増えて成長速度は段違いだ。

現に帆高もアドバイスに従い成長しているのだから。

 

帆高を殴った男は視聴側から見ると悪人に見えるけれど、彼の家族が移るシーンにはモヤっとしましたが、リアリティを感じました。

語り手、見方によってはまさに善人にも悪人にも変わるんですよね。

 

鑑賞後の余韻に浸りながら、制作者達が伝えたかったこと、問いたかったことは何だろうと考え、浮かんできたことは、

「『選択』には代償がつく。あなた達はそれをどのように捉えて生きますか?」ということ。

選択することで人生は作られる。脇目も振らず進んでいったその先に意味を、主人公達が悩んでいたように、自分の生まれた意味を見出せるのかもしれませんね。